投球に伴って起こる腕、肘の故障はどういうフォームで起こりやすいのか、それを防ぐ投球フォームについて、肩、肘の解剖と投球動作の物理的側面を考慮に入れて検討してみたいと思います。
肩の故障
①回旋筋腱板損傷
肩の故障で多いのが肩関節の回旋筋腱板損傷。中日の浅尾拓也投手が現在痛めている疾患です。
②関節唇損傷
投手のようにオーバーハンドスローを肩に力を入れて繰り返し行うと発生しやすくなります。投球のワインドアップ以外、どの段階でも発生する可能性があります。
肩関節の関節唇
関節唇は肩の肩甲骨の浅い窪みの淵にある繊維状の軟骨で、浅い窪みを深くし、上腕骨の骨頭がこの窪みから外れないようにしています。日本ハムの斎藤佑樹投手も昨年、関節唇を損傷してしまいました。現在はリハビリ中です。
関節唇損傷と回旋筋腱板損傷は同時に起こることも多く、関節唇損傷の40%に回旋筋腱板損傷を伴っていると言われています。
肘の故障
①内側側副靭帯損傷
肘の手術ではトミー・ジョン手術が有名ですが、これは肘の小指側の内側側副靭帯を再建(移植)する手術です。
投球動作の段階の分類
肩、肘の障害は、ワインドアップを除き、どの段階でも起こり得ます。特に急激な速度の変化(加速、減速)を起こすような投げ方は怪我につながります。
別の分類
肩の骨の解剖
肩関節はゴルフボールがティー(ソケット)に乗ったような構造をしていて、浅い窪み(ソケット)に丸い球状の形をした上腕骨の端(骨頭部、ボール)がはまったようになっています。そのため、腕をいろいろな方向に動かすことが可能だいう長所がある反面、不安定で大きな力がかかれば外れるかもしれないという不安定な構造となっています。
この不安定さを安定化するためのしくみのひとつがローテーター・カフ(回旋筋腱板)という筋肉です。英語ではrotator cuffです。日本語では回旋筋腱板と訳されています。
ローテーター・カフ(回旋筋腱板)、右肩
ローテーター・カフは肩甲骨と上腕骨の骨頭に付着した4つの板状の筋肉です。ローテーターとはローテート(回転、旋回)する物という意味で、肩関節では腕が旋回しています。カフは袖口という意味で、4つの板状の筋肉は袖口のように見えます。それで、ローテーター・カフと言われています。
ローテーター・カフを構成する4つの筋肉
①棘上筋
②棘下筋
③肩甲下筋
④小円筋
障害の頻度は①棘上筋が一番多く、次が棘下筋、その次が肩甲下筋で江川卓投手が痛めて引退のきっかけとなった筋肉です。障害が起こるのは回旋筋腱板の上腕骨に付着する腱の部分です。棘上筋は腕を上に上げるとき最初に働く筋肉で、そのあと肩を覆う大きな筋肉である三角筋が働きます。棘上筋の棘とは肩甲骨の後ろ側の棘のように出っ張った部分のことで、その上に棘上筋が、その下に棘下筋があります。
ソフトバンクの斉藤和巳リハビリ担当コーチも肩甲下筋を故障し手術を行っています。肩甲下筋を故障するというのは程度としては重症なようです。
腱(tendon)は筋肉(mustle)が骨に付く手前の部分で繊維状になっています。下腿の筋肉はアキレス腱に変化して踵の骨に付いています。rotator cuffの筋肉(mustle)を指す場合はrotator cuff mustle、腱(tendon)を指す場合はrotator cuff tendon と言います。
肘の故障に関してはトミー・ジョン手術で有名な肘関節内側側副靭帯損傷があります。肘関節内側側副靭帯が引き伸ばされて起こる故障です。大リーグの日本人では松坂投手が2011年に手術を行っています。
肘関節の解剖、右肘(体の内側から見た図)
内側側副靭帯の位置(赤色の部分)
内側側副靭帯は3つの束からなるが、最も引っ張応力がかかるのが前束である。
投球時には下図のように肘の外反(通常でも10から20度程度は外反している)を増大させるような力がかかり、その結果内側側副靭帯に引っ張り応力がかかり、組織に微小な損傷、部分断?、稀なケースではありますが場合によっては一球投げただけで完全断?ということも起きます。
肘の内側側副靭帯に大きな引張り応力がかかる投球動作の段階はいつか?
前腕が最も後方に倒れ、肩関節が最大外旋(maximal external rotation)し、引き続き内旋に切り変わる時期は、前腕の回転の加速度が最大になり、前腕の質量の慣性により肘関節には大きなトルクがかかります。
腕の振りが加速中に肘には外反を増加させる力、つまり外反力が働き、肘関節には外反トルクが働きます。
いったいどれぐらいのトルクがかかれば内側側副靭帯は破断するのでしょうか?
死体の靭帯で実験した結果はなんと、32Nm=3.3kg重・mでした。
肘の断面での前腕の回転中心と側副靭帯までの距離を5センチ(0.05m)と仮定すると、
側副靭帯にかかる力は、3.3/0.05=66kg重
となります。
投球の度に発生する外反トルクは靭帯の許容限度を超えているのになぜ靭帯は破断しないのか?
手首を曲げる屈筋(橈側手根屈筋、尺側手根屈筋、flexor carpi ulnaris and radialis)も外反トルクに対抗しているからです。
この“lay-back”レイバックの体勢は内側側副靭帯に大きなストレスをかけているのですが、他の投球動作の段階でもストレスがかかる部位があります。
先に挙げた屈筋を含む、屈筋回内筋群、flexor-pronator mass はコッキングから加速の段階に移行する投球動作の段階で大きな負荷がかかります。この段階ではそばを通る尺骨神経も大きな危険にさらされます。
屈筋回内筋群の力が弱いと、外反トルクと対抗するのに内側側副靭帯にかかるトルクがその分大きくなるので、屈筋回内筋群を鍛えることは内側側副靭帯の損傷を防ぐためにも大事です。
肘の曲がり具合はどれぐらいがいいのか?
SCIENTIFIC STUDIES
科学的な研究結果
Between 30° and 120° of elbow flexion, the UCL is the primary stabilizer against valgus force.1 Outside of this range, bony structures and other soft tissues take larger roles in stabilization.
肘の屈曲が30度から120度の間では、外反力に対抗して肘の安定を保つ一番の役割を果たすのは尺側(内側)側副靭帯である。(肘の屈曲が)この範囲以外では骨の構造物や他の軟部組織(屈筋、回内筋、他)が安定化にもっと大きな役目をします。
Morrey and An showed that, at 90° of flexion, up to 55% of the stabilizing force is contributed by the UCL.
モーレイとアンは、肘が90度屈曲しているとき、肘を安定させる力の55%までもが尺側(内側)側副靭帯のおかげだということを示しました。
肘の屈曲は90度のとき、尺側(内側)側副靭帯には最も大きな引張応力が発生する
Physics tells us that valgus torque is greatest when the elbow is flexed to 90° (explanation in the following section). In the Morrey and An study, it was shown that the UCL handles its largest relative valgus load when the elbow is flexed to 90°. Combined, these two facts illustrate that valgus stress in the UCL is greatest when the elbow is flexed to 90°.
外反トルクは肘の屈曲が90度のとき、最大になることを、物理学は教えています。モーレイとアンの研究では、尺側(内側)側副靭帯は肘の屈曲が90度のとき、相対的に外反力にもっとも大きな抵抗(反作用)を示すことが証明されました。これらの2つの事実をあわせると、尺側(内側)側副靭帯での外反ストレス(引っ張応力)は肘の屈曲が90度のとき最大になります。
コッキング初期のテイクバック時、肘からボールを後ろに引いて肘を高く上げるフォーム
腕をムチのようにしならせ、前腕が遅れて出てくる(lay back、レイバック)投げ方で、球速は出ますが、肘の内側側副靭帯に急激な引っ張応力がかかり、靭帯に損傷が起こり、トミー・ジョン手術を要する危険性があります。
サイドハンドスローでも肘を大きく曲げ、腕をムチのように使う投げ方だと、トミー・ジョン手術を要する危険性があります。
(ESPNの記事より引用)
トミー・ジョン手術(尺側(内側)側副靭帯再建術)が必要となる投球フォーム、逆W
Faulty mechanics seen as a pitcher’s foot comes down — note the unhealthy inverted W’s of the arms above — have forced some of the games best pitchers to have Tommy John surgery.
投手が前足を着地したときに見られる(文字Wをひっくり返した形になっている不健全な腕の形、逆Wに注目してください)誤ったメカニクス(投球動作)が、野球というスポーツの最も優秀な投手の内の何名かをトミー・ジョン手術へと追いやりました。
ESPNの記事のタイトルは、
Force of habit
習慣の力(習性)
Science, not the scalpel, is the real solution for Tommy John injuries. Too bad few MLB teams are paying attention.
メスではなく、科学がトミー・ジョン障害の真の解決策である。残念なことに、このことに注意を払っている大リーグのチームはほとんどいません。(ボルチモア・オリオールズはその例外的な球団です)
最近トミー・ジョン手術を受けた大リーグの投手で有名なのは、ワシントン・ナショナルズのステファン・ストラスバーグですが、彼と大リーグで最初に手術を受けたトミー・ジョン本人との共通点は?
But the two pitchers — as well as many others who have undergone UCL reconstruction — have one thing in common: a mechanical flaw in the timing of their deliveries that causes the arm to lag behind the rest of the body, putting extra stress on the shoulder and elbow.
しかし、この2人の投手は、尺側(内側)側副靭帯再建術を受けた他の多くの投手もそうですが、共通点が1つあります:一連の投球動作のタイミング上の欠陥で、腕が体の他の部分よりも遅れて出てくることです。これは余分のストレスを肩や肘にかけてしまいます。
トミー・ジョン手術(尺側(内側)側副靭帯再建術)を受けた大リーグの投手の投球フォーム
ジョン・スモルツ、213勝155敗、154セーブ
ビリー・ワグナー、最速101mph(約163km/h)の速球を投げた。あだ名はビリー・ザ・キッド。通算セーブ数は歴代5位の422。
ステファン・ストラスバーグ(ワシントン・ナショナルズ)。2011年にトミー・ジョン手術を行なったので、2012年度は投球回数が160イニングに制限された。
ヤクルト館山 昌平、2013年4月12日、2度目のトミー・ジョン手術を受けた。
元ヤクルトの林昌勇(イム・チャンヨン)、サイドハンドから最速160キロを記録。2012年7月、トミー・ジョン手術を受けた。現在シカゴ・カブスと契約しているが、2013年度はリハビリで終わるかもしれません。リハビリは一年必要なので、登板できるようになるのは7月以降の見込みです。今シーズン中に藤川球児投手との継投が見られるだろうか?。
西武、田中靖洋投手(2010年トミー・ジョン手術を受けた)
高校生の時に内野手から投手に転向。柔らかくしなる腕の振りから時速144キロを投げた。
柔らかくしなる腕の振りは褒め言葉のようであるが、肘、肩を故障しやすいと言えます。
将来、藤川球児投手のようになれると監督に言われたそうですが、藤川投手のフォームを真似したかどうかは知りませんが、藤川投手のフォームはテイクバックで肘が肩よりも上がり、inverted W(逆W)に近く、肩、肘にストレスのかかる投げ方なので、真似しないほうがよいと言えます。
腕を背中側に大きく引いている
腕の遅れ
田中靖洋投手、2012イースタンリーグでの投球(動画)
藤川投手のテイクバック、inverted W(逆W)に近く、肩、肘にストレスのかかるフォーム
2011年オールスターゲーム、時速151キロ
コメント
いつも楽しませてもらっています
突然ですがもし興味がおありなら本を出してみてはいかがでしょうか?
まだまだネタをお持ちのようなのですぐにというのは適当ではないかもしれませんが、もしあなたがこのサイトで公開されている投球論を体系化し、本としてまとめたものが世に出れば、もっと言えばそれが球界に届けば現代の投球技術論に一石を投じる歴史的な本になると確信しています
未だにプロ野球解説が前足が突っ張っているだの、肘が下がっているだのと堂々と主張するようなレベルです
彼らには体感的な経験はありますが、理論的な根拠がほとんどありません
もしこのサイトの理論がまとめられた本が発刊されれば、そこから10年、20年後には、現在のメジャーリーグのようにほとんどの選手が基本的に同じようなフォームで投げている未来すら容易に予測できます
多くの野球人とあなたの人生が変わるかもしれない大きな問題です
一度真剣にご検討されてみてはいかがでしょうか?
無料で公開されているのは一読者として嬉しいですが、この理論が世に出ないのを悔しくも思います
毎回すいません。
投げる時、上半身の使い方がよくわかりません?
上半身は地面と平行にして投げる瞬間に上体を倒せばいいのですか?
投げる瞬間に上体を一塁方向に傾けた方がいいですか?
上半身の使い方についての質問に対する回答
軸足と体の重心(へその高さで、前後方向は胴体の厚みの中間)を結ぶ線上に前足を着地すれば、上体は自然と前に倒れようとする力のモーメントが働くので、意識して前に倒そうとしなくてもすみます。
前足を着地する際、前脚の膝を少し曲げた状態で着地し、思い切り膝を伸ばすようにすれば、楽に上体は前に倒れるはずです。
前足を着地する際、体の重心が移動するその延長線上に前足を着地すれば、意識して上体を一塁側に倒そうとしないでも、自然と上体は一塁側に回転してゆきます。
ただし、右投手で考えると、軸足を蹴り出す際に、右の股関節、膝関節を思い切り内旋した状態から、股関節を思い切り外旋して、骨盤を思い切り回転させながら、軸足を強く蹴るということが大事な点です。
運動エネルギーという視点で考えると、軸足を蹴る際、体がホームプレート方向に移動する直線的な(並進運動)運動エネルギーだけでなく、骨盤を全力で回転させ、つまり体全体を高速で回転させ、回転エネルギーを蓄えておく(エンジンのはずみ車、フライホイールのように)ことが大事です。
物体は一度、回転を始めると、抵抗さえなければ同じ速度で回り続ける性質(ニュートンの運動の第一法則である慣性の法則)があるので、この回転エネルギーをあらかじめ蓄えておけば、前足を着地すると、上体は何もしなくても一塁側に倒れてゆきます。
良い位置に前足を着地すると(体の重心が向かうその延長線上に)、上体が自然と前に倒れ、体の重心が前に移動します。
この際、体の回転エネルギーがあらかじめ蓄えられていれば、前に移動した重心が素早く、一塁側に移動しますので、上体を一塁側に倒そうとする力のモーメントが発生します。したがって、意識して上体を一塁側に倒そうとしなくても上体は一塁側に倒れます。
レイバックでの肘の消耗は避けられないが、テイクバックで肘を上げ過ぎないようにして負担を軽減すれば投手寿命が延びるということでしょうか?
オーバースローやスリークォーターの投手がテイクバックでサイドスローのときみたいに肘を伸ばすとアーム式になりませんか?
(中日の田島投手のように)
いつもありがとうございます!
ピッチングの一連の順序(手順)を教えてください!
テイクバックで肘を上げ過ぎないようにして負担を軽減すれば投手寿命が延びるということでしょうか?という質問をいただきました。
テイクバックで肘を上げ、肩甲骨を思い切り後ろに引く姿勢はアメリカで、一時流行ったようです。今もそのようなフォームの選手がいますが。この姿勢は肘、肩の筋肉の緊張を高め、肩、肘を最大限に利用しようという考えに基づいた投げ方です。球速は出ますが、その分、肘、肩に故障が発生しやすくなります。
この投げ方だと、上体が正面を向いたときにまだ前腕が後に傾いた状態(レイバックという)にあり、肩の内旋を使い(肩甲下筋に負荷がかかる、ここは江川投手が引退を余儀なくされたとされる部位)、肘を中心に前腕を高速に回転させる投げ方になり、肘、肩、両方に大きな負荷がかかります。
肘を上げなければいけないという理由は私には浮かんできません。
腕、肘の筋肉を緊張させて、腕を積極的に振る必要はないと私は思っています。
強度的に、本来、ボールを1試合に100球以上投げれるような作りに腕、肘は出来ていないと思います。
それよりも、より強度のある下半身、つまり肩甲骨よりも下の部分を有効に使ってボールを投げるのが効率の良い投げ方だと思います。
極力、肩、肘を使わない投げ方が理想的な投げ方だと思います。肩、肘はボールをコントロールするための場所であるべきです。
肩、肘を怪我しない投手を見ると、肘を高く上げていないようです。肘を両肩を結ぶ線よりも上に上げていません。
上原投手も、ダルビッシュ投手もテイクバックは小さく、肘も両肩を結ぶ線より上には上げていません。
ノーラン・ライアン、ロジャー・クレメンス、ランディ・ジョンソンといった300勝以上挙げている大投手の肘は高く上がっていません。
肘が下がっていても、股関節を十分使って骨盤、その上にある上半身を素早く回転させることで、肩が回転し、腕は遠心力で自然と振り出されるので、速い球を投げることは可能です。そうすれば投手寿命も伸びると思います。
サンフランシスコ・ジャイアンツのティム・リンスカムはテイクバックで肘は下に下げたままです。
また、オーバースローやスリークォーターの投手がテイクバックでサイドスローのときみたいに肘を伸ばすとアーム式になりませんか?(中日の田島投手のように)という質問をいただきました。
アーム式という言葉をはじめて知りました。テイクバックで肘を伸ばし腕を後に大きく引き、手の平は上に向ける投げ方で、腕、肘に頼った投げ方のことらしいですね。
中日の田島投手の投球フォームをはじめて見ました。テイクバックで肘を伸ばし、腕を後ろに大きく引いた後、肘が肩よりも上がり、肩甲骨は後に引かれています。英語ではこれをscapula loadingと言います。肘、肩に大きな負担がかかる投げ方に思えます。
元中日の剛球投手、小松辰夫投手は腕を後ろに大きく引く投げ方でしたが、肘を高く上げておらず、肩甲骨も後に大きく引く投げ方ではありませんでした。
大事なポイントは肘、肩に無理な力がかかるのは肘、肩に質量があるからで、高速で動いていても同じ速度で動いている限りは、肩、肘にはストレスはかからないということです。等速円運動の場合には遠心力だけはかかりますが、大きなストレスにはならないと思います。
加速度が生じると、大きな力が肩、肘にかかります。大きな加速度が生じるのは動き始めるとき、向きが変わるとき、止まるときです。
ニュートンの慣性の法則、つまり運動の第一法則(力がかかっていないときには、物体は静止しているか、等速直線運動をする。回転する物体では、力がかかっていなければいつまでも等速で円運動する)に逆らった投げ方をすると故障につながるということです。
ニュートンの運動の第2法則では、物体に加速度が生じる時には加速度に比例した力が必要であることを述べています。物体が動き始める時はどうしても加速度が(とても大きな)生じるので気をつける必要があります。またボールをリリースした後、腕の運動を止める場合にも大きな加速度(減速)が生じるので、フォーロースルーを大きくとって急激な減速は避けなければいけません。
サイドハンドスローの投手が肘を伸ばして投げ始めるとき、最初、肩で腕を引っ張りながら腕に勢いがついて、それから腕が肩の回りを回転してゆく、一瞬の間が必要です。これは投げ始めにいきなり腕を回転させると大きな加速度が生じ肩に大きなトルク(回転させる力)がかかるのを避けるためです。
オーバーハンドスローでも同様にこの一瞬の間が必要です。昔の投手のオーソドックスなオーバーハンドスローでは、例えば、大リーグ最強左腕の呼び声が高い、元ドジャースのサンディ・コーファクス、大リーグで左腕の最多勝を記録しているウォーレン・スパーンらは軸足の股関節の少し上(骨盤上部)を中心に上体を起こすように回転させ、肩で腕を引っ張るようにしてから腕を上方に回転させており、いきなり腕を振る投げ方をしていません。
バッティングのとき、左肩でグリップエンドを引っ張りながら、それからバットを振り出すのと同様です。
サイドハンドスローの場合は腕を重力に逆らって上に担ぎ上げる必要がなく、逆に重力を利用して少し上から下に腕を振ることが出来るので、テイクバックで肘を伸ばす投げ方が理にかなっています。その場合も、腕の位置はインサイド・アウトとなるように腕は振らなければいけません。腕が体から離れると腕の慣性モーメント(回転のしにくさを決める量)が大きくなるので、軸足側の股関節から上を回転させづらく、その上肩に大きなトルクがかかるので良くありません。
オーバーハンドスロー、スリークォーターの場合は、重力に逆らって腕を上方に担ぎ上げながら、その上腕を加速させるというのは肩に大きな負荷がかかるので、テイクバックのとき、腕、肘には力を入れず、体の近くに保持するだけで、肘は脇から離さず、(ボーリングのボールを投げるときのように)体の後ろに少し引く程度が理想だと思います。
大事なのは肩関節が如何に速く、円軌道を描くかにあります。直線的な肩の動きは良くありません。
大リーグの投手で言うと、トミー・ジョン手術を行ったワシントン・ナショナルズのステファン・ストラスバーグは前足を着地する直前まで骨盤を回転させないので、右肩は直線的な動きをしています。
日本の投手で言うと、昨年トミー・ジョン手術を受けた和田毅投手も同じです。この投げ方だと腕が遅れて出てくるので打者にとっては打ちづらいという長所もありますが、肘に大きなストレス(小指側の内側側副靭帯に)がかかり、肘を故障しやすくなるという大きな欠点があります。和田投手の場合はストライドが大き過ぎるのも肘を故障しやすい原因になっていると思います。骨盤の回転は股関節ではなく腰の捻り戻しに頼っているからです。
腕を大きくに引いてしまった場合(肩甲骨を背中側に大きく引いてしまった場合にはなおさら)には、骨盤を回転させずに軸足を蹴ると、腕はいつまでたっても前に出て行きません。肩、肘、自らが遅れを取り戻すために、前足を着地してから急加速しなければならないので、故障しやすくなります。
ボールを投げる側の肩関節が円軌道を描くように、股関節の内旋、外旋を十分に使って、テイクバック後の段階から骨盤を回転させ、その結果、右投手の場合、右肩が円軌道を描くことが大事です。
そうすると、そこから先は、腕、肘を意識しないでも、遠心力により、腕、肘はストレスのかからない位置に自然と回転してゆきます。
このストレスのかからない位置はもっとも筋肉が力を発揮させやすい位置で、筋肉が生体の中で自然な長さにある状態です。可動範囲のちょうど中間の位置に相当します。腕の場合は腕を水平まで上げて、少し前に出す位置です。
肩、肘に負荷をかけない投げ方というのは如何に早く、この位置の近くまで腕を移動させるかにあります。後は、前足を着地して右肩を前足の股関節の上(骨盤上部)を中心にスウィングさせるだけです。
テイクバック後の段階からすぐに骨盤を回転させてゆく投げ方の方が良い理由は、体の回転エネルギーを車のエンジンのフライホイールのように回転エネルギーを蓄えておけるからです。
前足を着地すると、慣性により体は回転し続ける性質があるので、この投げ方だと流れるようなスムースな投球フォームが可能です。
その上、体の回転は前足を着地してからさらに加速してゆきますので、力を入れなくても腕はさらに加速してゆきます。
この際、前足の股関節の上(骨盤上部)は一度完全に止める意識が大事です。それには前足、体の重心、軸足の位置が一直線上にあることが不可欠です。前足が地面から最も大きな力を受け、さらに体を回転させる際、慣性モーメントが小さくなるという2つの利点があるからです。
オーバースローやスリークォーターの投手がテイクバックでサイドスローのときみたいに肘を伸ばすとアーム式になりませんか?(中日の田島投手のように)という質問ですが、肘を伸ばしても手の甲を上に向けていれば、何らアーム式にはならず問題はないと思います。
大リーグのニューヨーク・メッツの若い右投手、マット・ハーベイ(Matt Harvey)投手(24歳)の投球フォームは非常に参考になります。
テイクバックで肘をまっすぐ伸ばしているのですが、手の甲は上を向いており、フォームもゆったりして、テイクバックかすぐに腕を振ったりせずに、前脚の股関節の上(骨盤上部)を中心に右肩をスウィングさせ、腕を振っている感じがしません。テイクバックで肘は高く上に上げず、背中側にも腕を引かず、実に肩、肘に無理のない投げ方です。加速期にも肘は余り曲がっていません。
テイクバックで肘を伸ばしても、腕をすぐに振りにいかなければ肩、肘に負荷はかからないという良い見本です。
マット・ハーベイ投手は将来が大いに期待された今年大リーグ2年目の投手で、昨年は3勝5敗、防御率2.73でしたが、今年2013年はこれまで(4月27日現在)4勝0敗、防御率1.54とすばらしい成績を残しており非常に将来が楽しみな投手です。
2013年度は四球率2.6、奪三振率10.0とすでにディッキーの抜けたメッツのエース級の成績を残しています。
フォーシームの平均球速は94.7マイル、時速152キロと球威も十分です。
テイクバックで肘を曲げない投げ方としては最高の手本となるフォームです。
鍛える必要な筋肉はどこの筋肉ですか?
インナーマッスルは鍛えています。
その他はどこですか?
おはようございます!
マット・ハーベイ投手は先日TVでみましたが、あの体格からのストレートはクローザーのようでビックリしました。
ちなみに、
マックス・シャーザー投手もストレート、奪三振率が素晴らしいスリークォーターですが、
機会があれば分析していただけると嬉しいです。
ご検討、お願い致します!
鍛える必要な筋肉はどこか?
怪我をしないで速い球を投げるには、下半身を鍛えることが大事です。肩、肘には出来るだけ無理な力をかけないことが必要です。
下半身の中でも特に大事なのがお尻の筋肉(大臀筋、中臀筋、小臀筋と3つに分かれている)、大腿部の筋肉だと思います。股関節の外旋(大臀筋)、股関節の屈曲からの伸展(大腿ハムストリングス)は骨盤を速く回転させるのに非常に大事な筋肉だと思います。
腹部の筋肉では横腹の肋骨下部から骨盤上部にかけて斜めに走っている腹斜筋(内、外と2種類ある)は腰を捻るのに大事な筋肉のようです。肩の関節を水平方向に回転させる重要度では股関節の方が主で、この腹斜筋は従といったところでしょう。腰の捻りの速度は股関節に比べて遅く、大きな力も出ないのがその理由です。
しかし、股関節の回転を加速させると、その上の上体は慣性のためすぐには回転せず、必ず遅れて回転してゆき、腰の捻りは必ず発生するので、無意識に腰の捻り戻しは行われます。そのため腹斜筋を鍛えることも大事だと思います。
肩、腕回りの筋肉は球を速く投げるためというよりも、関節の靭帯、腱といった弱い組織を守るために鍛えるのが主な目的だと思います。
肩関節の回りの大きな筋肉といえば三角筋です。この筋肉は腕を上に上げるのに大事な筋肉で、腕が回転するときに発生する遠心力から肩関節を守るためにも鍛えておいた方が良いと思います。
肘の故障では内側側副靭帯の故障が多いのですが、前腕の屈筋(手首を曲げる時に働く)、回内筋(手の平を外に向ける時に働く)を鍛えることは内側側副靭帯にかかる力を減らして故障を防ぐ作用があります。トミー・ジョン手術を避けるためにも鍛えておく必要があります。