ピッチングの基礎
ピッチング(投球)とは腕を振ることではない
野球の解説で腕がしっかり振れているとか、腕をしっかり振れとか言っているのをよく聞きますが、誤解を招きます。指導者には使ってほしくない表現です。いわゆる手投げになります。
私なら、「弧を描くように肩を振れ」と指導します。肩甲骨を振れという方が適切です。
最初は直線的に、途中から弧を描くようにします。 その意味は、慣性を利用して、直線運動から回転運動を生み出すからです。トップレベルの投手は、肘よりも肩甲骨の動きに意識を置いているように思えます。肩甲骨の可動域を広げるのは非常に有効です。チャップマン、大谷投手のように、速い球を投げる投手は、肩甲骨の可動域がみんな広いのは間違いないでしょう。肘関節、肩関節(肩甲骨と上腕骨を結ぶ関節)よりも、肩甲骨を可能な限り広く、最初は直線的に途中から弧を描くように動かせば、肘、肩に無理なストレスがかからないでしょう。
ただし、これだけでは不十分です。肩の動きに対する腕の位置関係が悪いと、腕を振らないでも、受動的に肩、肘に無理な力がかかります。腕を意識的にInverted W、Inverted Lの形にするとその危険性が高くなります。「肘を上げて投げれ」という指導がなぜ悪いかが、わかると思います。肘を最初から高くすると、「弧を描くように肩を振れない」からです。ニュートンの慣性の法則を知っている方なら、どうしたら「弧を描くように肩を振れるかは理解できるかと思います。大リーグの歴史上ずっと、オーバーハンドでは、投球モーションの最初から、あるいは途中からなら一瞬でも右肩(右投手)を下げて投げてきたのはそのためです。アンダーハンドでは最初から右肩が上がるのは理にかなっています。
純粋なサイドハンドからややオーバーハンド気味のサイドハンドでは、右肩は最初、下がっていても、上がっていても可能なので、肘、肩に無理な力がかかっているかどうかは、動画の分析から目で判断するのはむずかしい作業です。
現在、ボストン・レッドソックスのクレイグ・キンブレルcraig kimbrel、通算219勝を挙げて引退した山本 昌投手がその例です。
腕をしっかり振るというのは高いレベル(長い間怪我なく成績を残せた大リーグの300勝投手クラス)では通用しない考え方です。球速、コントロール、のバランスが良く、かつ肩、肘に無理な力のかからない投げ方でないと、300勝は達成できません。
球が速いだけでは、300勝は達成できません。コントロールが良くないと、長く活躍できないからです。年齢とともに、球速は落ちてきます。長く活躍した投手は、最初は、速球派でも年齢とともに球速が落ちてくるのは避けられないので、速球派からコントロール重視の技巧派に変わったりするものです。元近鉄の300勝投手、鈴木啓示投手もそうでした。
ピッチングは通常、投球(投げる)という風に訳されますが、高校野球から日本のプロ野球、大リーグへとレベルが高くなるにつれて、投げるという意識でピッチングを行うと、怪我をしやすくなります。投球数が増え、球速も上がるからです。投げるとは腕を振ることだと思われているのが、間違った多くの常識を生み出している原因です。
上半身も下半身も使い、腕も十分に振る、つまり全身を使って投げるというのは一見理にかなっているように思えます。しかし、肩関節、肘関節を動かす筋肉は下半身、体幹部に比べて非力です。
体の中のもっと強力な筋肉を使って、球速を稼ぎ、肩関節、肘関節を動かす筋肉はコントロールのために使うのが理想です。
球速を上げるために、腕を強く振ろうとすると、コントロールも乱れ、肩、肘にも無理な力がかかります。
ピッチングの基礎の応用
基礎に対応する言葉は応用ですが、ピッチングの基礎を理解していれば、基礎を応用して、アンダーハンド、サイドスロー、オーバーハンドも可能です。アンダーハンド、サイドスロー、オーバーハンドも本質的に基本的な部分は同じだからです。
ソフトボールのウィンドミル投法の世界最速記録はいくらだと思いますか。
エディー・ファイナーeddie feignerのピッチング
1967年芸能人チーム(セレブリティーズ)のピッチャーの一人として、大リーグ選抜チームと対戦。後に、全員野球殿堂入りした3人の大リーグを代表する選手を3者連続三振に抑えました。背面投げ、股抜きピッチングを交えながらの快挙で、大リーグ選抜は手も足も出ず、まるで子供扱いでした。
対ウィリー・メイズWillie Mays(通算660本塁打)
対ハーモン・キルブルーHarmon Kilbrew(通算573本塁打)
対ウィリー・マッコビーWillie McCovey (通算521本塁打)
現在のソフトボールで最速は女子で120キロ、男子で135キロぐらいですが、実は104マイルを投げた投手が2人います。右投手ではエディー・ファイナーeddie feigner、左投手ではタイ・ストフレットty stofflet(アメリカのアマチュアソフトボール選手、71連勝を記録した)。
タイ・ストフレットty stoffletのピッチング(104.7マイルを投げた。チャップマンの世界記録とほぼ同じ)
最近、ブラッシング(肘の内側を腰のあたりの体側にぶつけて、前腕の回転速度を上げる技術)というテクニックをよく聞きますが、タイ・ストフレットはブラッシングはしていません。しかし、ボールのリリース前に、肘は空中で減速していますが、ブラッシングほどではないようです。実に興味深い点です。肘は加速の後、必ず減速しないと前腕の回転速度は上昇しないということで、野球のピッチングにも通じます。
大リーグではボブ・フェラーbob fellerがサイド・ハンドで104マイルを投げています。試合ではオーバーハンドですが、サイドハンドをベースにしたオーバーハンドのような投げ方です。
あまり肘を曲げていないように見えます。これまた興味深い点です。
ボブ・フェラーの試合でのピッチング(サイドハンドの投げ方を、ハイキックしてオーバーハンドに応用したような投げ方です)
現在、大リーグ最速のアロルディス・チャップマンaroldis chapmanはオーバーハンドで105マイルを投げています。どの投げ方でも100マイルは可能だといえます。肘、肩への負荷の少ない投げ方の順でいえば、ソフトボールのアンダーハンド、サイドハンド、オーバーハンドの順だといえます。野球でもソフトボールのウインドミル投法のような投げ方は可能だと思いますので、これはこれから開発の余地のある投げ方だといえます。大リーグ最高の投手として良く名の挙がるウォルター・ジョンソンwalter johnsonはアンダーハンド気味のサイドハンドで、この投げ方はシンプルで故障も少なく、球速も出るので真似をする投手が出てこないのが不思議です。
さらには右投げ、左投げも訓練次第では可能になると思います。本来、右利きだったが、兄からもらったグラブが左利きだったので、左利きになったとか、将来性を考えて親に左利きにさせられたとかよくある話です。
また、独創的な自分独自のピッチングメカニクスを作り出すことも可能です。歴史に名を残す殿堂入り投手の多くがかなり独創的なピッチングメカニクスをしています。ピッチングメカニクスはピッチングフォームに近い言葉ですが、投球動作の仕組みといった意味です。投球フォームは一連の投球動作の結果できあがった瞬間瞬間の形と言えます。静止画のようなものです。
ただし、静止画1つだけ見たのでは、どれだけの速さで動いているのかわからないので、好きな投手の投球フォームを真似ても、フォームは同じように見えても投球メカニクスまで真似ることはなかなか困難です。これができれば、すべての投手が大投手になれますが、実際はなかなか困難です。投球メカニクス全体をコピーするよりも、その一部だけ(たとえば投球側の肩の位置だけ、次は軸足というふうに)コピーしたほうが良いでしょう。
ピッチングの基礎とは、ピッチングを可能な限り単純化したいくつかの基本からなります。この基本に従い、投球メカニクス(仕組み)はできるだけシンプル(簡単)にすることが大事です。投球メカニクス(仕組み)を複雑にすると、まず第一に怪我をしやすくなるからです。
肘を直角に曲げた状態から、肩関節の内旋、肘関節の伸展を利用しようとするのが、最近の大リーグ(さらには日本でも)で肘、肩を故障する投手が増えた原因です。正しいサイドハンド、アンダーハンドの投げ方を習得していれば、肩、肘の故障ははるかに少なくなるでしょう。
正しいサイドハンド、アンダーハンドでは肩関節、肘関節をフリー(ゆるく)にして、肘を先行させムチのように使ったりしません。野球解説で「ムチのようにしなっている」と誉めることがよくありますが、これも間違った常識の1つです。ムチのようにしならせたりすると、関節が急速に回転し、無理な力がかかり、関節に骨の棘ができます。そのうち小さな骨折が起き、骨の小さな破片が関節に入り(関節ねずみといわれる:関節内で骨の破片がねずみのように動き回る)、肘に大きな痛みが発生するようになります。
ピッチングに限らず、他のスポーツでも体を動かすことに変わりはないので、運動のメカニクスを単純化するには、結局、ニュートンの運動法則にまでさかのぼることになります。さらには、体の解剖学的知識を学び、体の中で力学的に弱い部分、強い部分を使い分けることが必要になります。
肘では内側側副靭帯は運動により強化できないことを知っておくことがとりわけ大事です。肩の関節では関節唇、回旋筋(インナーマッスル)に故障がよく起こります。
運動する際の動力源は、重力、筋肉の収縮
効率よく、重力を利用するにはニュートンの運動法則、筋肉の収縮を利用するには運動生理学が必要になります。したがって、怪我なく効率良く体を動かすには以下の3つを習得する必要があります。
運動選手の基礎必須科目
ニュートンの運動法則、体の解剖、運動生理学
「誰々のピッチャーズ・バイブル」といった教則本は多くありますが、それらの本の内容は各投手それぞれで、必ずしも同じではなく、いろいろな本を参考にすると、混乱するものです。
しかし、上に挙げたニュートンの運動法則、体の解剖、運動生理学、といった内容はどういう投げ方をする場合にも共通するルールなので、これをきっちり理解して、多くの過去の優秀な投手の動画を研究するのが一番の近道で応用が利きます。自分で投球フォームの修正能力が養われます。
現在、現役で投手をされている方は、自分なりの投球理論を組み立て、それが実践の中でどうなのかいろいろ検証できるので、うらやましい限りです。
自分の回りによいお手本の投手、あるいは優れた指導者に恵まれる投手は稀だといえます。
現在はそういう状況なので、こういう訓練を続けていけば、成功する可能性は高まり、将来、指導者になられても役に立つと思います。
以上、簡単ですが、過去4年間、ピッチングについて感じ、思いつき、思考をいろいろ重ねてきたことの要旨を述べさせていただきました。この理論を実践するのにもっと具体的な内容は、順々に追加してゆく予定ですが、どいうい形で発表するか、いろいろ試行錯誤しています。
できれば、どういう投手なのか顔のわかっている、限られた投手を対象に、理論が実践で役に立つのか、どういう指導方法が良いのかをいろいろ検証しながら、修正、追加してゆきたいと思っていますが、まだ暗中模索の状態です。
今後の予定は、できれば女子野球を優先的に支援したいという思いが強くなりました。女子プロ野球のことは最近知ったばかりですが、今後もっと発展して、男子との実力の差をもっと縮めてもらい、近い将来、男子チームと対戦し、破ってもらいたいと願っています。世界最高の野球リーグとして発展し、世界中の女子野球選手が集まるようになってほしいものです。
女子は肉体的に大きなハンディキャップがありますが、今までにはない非パワー野球の新しい理論を開発、実践してもらいたいと願っており、微力ながら、その一助になればと思っていますので、女子野球選手の方で技術的な質問のある方は遠慮なしにご相談ください。現役の女子野球選手には、当サイトを無料で全面提供する予定でいます。バッティングに関する記事は今まであまり書いてきませんでしたが、書きたい内容は多くあります。ピッチングとバッティングは共通する理論がたくさんあるので今後、追加して掲載予定です。女子野球は新たな野球理論を検証する良い実践の場であり、女子野球の技術は少年野球のお手本になると思っています。女子野球選手の方のご健闘を祈っています。
コメント