大リーグ最速記録105マイル(時速169キロ)保持者、シンシナティ・レッズのアロルディス・チャップマンはどうして速い球が投げられるのでしょうか?
大きな要因は軸足の蹴り方が非常に強く、腰の回転が速いためです。
軸足の蹴りで得たエネルギーを効率良くボールの運動エネルギーに変えていると言えます。ボールを投げるのに必要なエネルギーはほとんど軸足の蹴りで得られているとも言える投げ方です。
チャップマン投手の投げ方はある意味シンプルな投げ方でもあります。
軸足を強く蹴って、ボールを投げる方の肩(チャップマン投手の場合は左肩)を円を描きながら速く遠くまで投げ出すだけです。後は腕が遠心力で振り出されるのを待つだけです。
そのため、腕と肘に大きな負担をかけずに速いボールが投げれます。
このとき、肩は直線的な移動では駄目です。そうなると腕に遠心力が働かないで前に引っぱられるだけなので肩、肘に無理がかかります。
セットポジションからの投球103マイル(時速166キロ)
セットポジションからの投球の方がストライド(歩幅)も少なく、体が3塁側にあまり傾かず、結果として頭の動きも少なく、制球が良さそうなフォームをしています。それでいて103マイルの球速が出ています。
チャップマン投手は走者がいない時(ワインドアップ)はストライドが大きいのですが、ストライドが大きいと球速は出るけれど、制球は悪くなりそうです。
ワインドアップからの投球、球速106マイル(時速171キロ、レーダーガンで計測の非公式の数値)
チャップマン投手の特徴
①腰の回転が速い
普通の投手の2倍ぐらい速く、1塁側に向いた体が一瞬にして3塁側に向く。
これは、軸足の蹴りが非常に強いからです。通常は上半身と下半身のねじりを腰の周りの筋肉を使って戻すのですが、チャップマン投手は軸足の蹴りを強くして腰の回転を加速しています。
②軸足の蹴りが強い
その秘訣は膝の向きを素早くホームプレートの方向に向けるからです。
膝の向きが横向き、つまり1塁側(左投手の場合)を向いたままでは強い蹴りはできません。
セットポジションから前脚を上げ、軸足に荷重をかけたときに踵が少し浮き爪先側に荷重がかかっています。軸足の拇指球あたりに荷重し、両膝を絞るように内股のようにすることで、膝の向きを素早くホームプレート方向に変えているように見えます。
軸足を蹴るときは膝の向きをホームプレート方向に変えながら膝と足首を伸ばしながら踵を浮かし、拇指球で前方かつ上方へジャンプするように蹴っています。そのため、体の重心は高くなっています。
チャップマン投手は陸上短距離選手のスタートのような軸足の蹴り方をしています。ミサイルのように体が前方に飛び出て行きます。
③前脚を軸にした体の回転を速くするためにグラブを脇に抱え込んだままにする
これは多くの大リーガーが行なっています。グラブを振り下ろすよりも抱え込んだ方が効果は大きいと思います。特に軸足の蹴りが強い場合はグラブを振り下ろすと逆効果となりそうです。
また、頭に飛んできたライナーのボールから頭を守るためにも必要です。グラブを下げていると間に合いません。
グラブは最後まで脇に抱え込んだままにします
どうしてグラブを抱え込んだままにするかを体感する実験。
両手を広げたまま片脚を軸にして体を回転させ、途中で片手を脇に抱え込むと回転スピードが増します。フィギュアスケートのスピンと同じ原理です。
④肩の回転角(骨盤前面と投げる方の肩の後面のなす角度)が大きい
前側の肩(グラブを着けている方)を体の前に突き出す、つまり腕を前に突き出すことで自然と投げる方の肩が後ろに移動し、肩の回転角は大きくなります。投げる方の肩を後ろに引くことを意識すると肩に力が入るのでよくありません。
⑤ボールを持っている腕が肩に引っぱられるようにして回転してゆく
ボールを持っている方の肩が描く軌道が、チャップマン投手の場合は直線的ではなく円軌道なので遠心力が働き、腕が自然に振り出されています。肩が円軌道を描くためには④の肩の回転角の大きさが重要です。このとき、肩の力を抜いていることが大事です。
投げ釣りで竿に付いた糸と錘が遠心力で振り出されるのと似ています。
⑥ボールのリリースポイントが前足の1フィート(12インチ、30センチ)も前にある
軸足の蹴りが強く上体(特にボールを投げる左肩)をミサイルのように前に投げ出すような投げ方をするためです。ちなみにチャップマン投手のニックネームはCUBAN MISSILEキューバのミサイルです。
平均的な投手は前足の先端にリリースポイントがあります。
1フィートは球速に換算すると3マイル毎時mphに相当するので、チャップマン投手の最速記録105マイルは実際には108マイルに相当します。
チャップマン投手のリリースポイント
⑦ボールの回転数が高い(44回転/秒)
2012年度のチャップマン投手のボールの平均の回転数は44回転/秒です。
2012年度の日本人大リーガーの数値を見てみましょう。
上原投手は42回転/秒でした。
松坂投手は日本では43回転/秒でしたが、2012年度は31回転/秒に低下しました。
藤川球児投手は45回転/秒と言われています。
チャップマン投手のボールは本当にホップしているのでしょうか。本当にストレートは投げれるのでしょうか。
ボールの回転によるボールの変化量
ボールAはほとんどストレートで、軌道はほぼ一直線です。ボール、B、Cは本当にホップしています。
横から見たボールの軌道
直線に近くわずかに落下しています。
真上から見たボールの軌道
少し1塁側に変化しています。平均で3.93インチ(10センチ)変化しています。
球は速いが、肩の軌道が直線的(肩を押し出す感じ)で怪我をする投げ方の例
①ジョエル・ズマヤ
元タイガースにいたが、現在はツインズに所属している。100マイル以上の球を投げるが故障がちで、肘の靭帯断裂で現在は登録抹消されている。非公式で104.8マイルの記録を持っている。
軸足の蹴り方が弱く、腰の回転も遅く下半身をうまく使っていません。
②スティーブン・ストラスバーグ(ナショナルズ)
2010年デビューし、デビュー戦で14三振を奪い初勝利を挙げたが、その年の8月に肘を痛め、トミー・ジョン手術を受けました。最速100マイルを投げます。2012年は15勝6敗と好成績を挙げましたが、故障再発防止のため160イニング制限がかかり、プレイオフには出場できませんでした。
左足が着地する前に左肩が1塁側に開き、右肩がすでに前に動き始めています。左足の着地も左肩が開いたため1塁側にずれています。左足を着地してからボールをリリースするまでに腰の回転はわずかで、腰の回転を利用できず、肩から先だけを使って投げています。また、テイクバックで肘の位置が高すぎて、肩の動きが直線的になる原因になっています。
テイクバックで背中が打者の方を向いておらず、④肩の回転角も小さいです。これも肩の動きが直線的になる原因です。
このままのフォームではまた故障しそうです。